報告 世界ゴルフ科学会議wscgに参加して


   
 フェニックスは、カリフォルニア州の東隣にあるアリゾナ州の中央に位置する州都で、付近に多数のインディアン居住区があり、開拓時代の面積と大自然が売りの、気候温暖な観光地である。ゴルフでは、歴史あるフェニックスオープンで名高い町だ。そのフェニックスで、3月24日から28日にかけて、World Scientific Congress Of Golf V(WSCG V)が開催された。
   
 私は家内を伴い、1日目から3日目まで参加した。JJGSにチラシ入りで応募者を募ったにも拘わらず、JSGAからの参加者が皆無という、極めて淋しい状況だったからだろうか、帰国後、私にレポートを書けとの依頼があった。学問的に内容のあるレポートは、書けと言われても書けないが、全体的な雰囲気が少しでもお伝えできれはと思い、分を顧みずお引き受けした。
   
 成田よりサンフランシスコ経由で現地入りし、早速レンタカー(マツダのセゾン)でフェニックス・スカイハーバー国際空港から「Days Inn Tempe」のあるテンペに向かった。方向音痴な私としては、ホテルに落ち着くまでが一仕事である。自慢ではないが、アメリカで新たな空港に到着した時には、必ずと言って良いほど、目的地まで、通常所要時間の5~6倍の時間が掛かる。30分のところを3時間ペースである。レンタカー受付Hertz事務所探しに始まり、慣れない左ハンドルと右側通行、日本の地図とは尺度が違うアメリカの地図(頭の中でスケールを切り変える必要がある)。信号と信号の間も、日本の5倍から10倍くらいある。最低でも、パー5が1つか2つ分くらいあるのではなかろうか。また、それとは知らずに環状道路を走り続け、さっきと同じ風景が再び現れたことに気づいて、狐に化かされているような気分になったこともある。それでも帰るころには、その界隈も、迷いに迷ったおかげで、我が家の庭といった感じになる。
   
 旅行会社が手配してくれたホテル「Days Inn Tempe」は、空港から202号線を車で20分ほど走ったところにあり、テンペのアパッチ通りに面している。定番のペースで、夕刻遅くに何とかホテルに到着した。テンペはスコッツデールに隣接していて、ホテルから学会場のあるアリゾナ州立大学(ASU)へは歩いて行ける距離であった。
   
 翌24日、学会初日。午後1時がオープニングで、比較的ゆったりとスケジュールが組まれており、その日の目玉は、5時からの、LPGAのLynn MarriottとPia Nilssonによる招待講演「Vision 54-Bring Possibility to Life」であった。会場は近かったが、余裕を持って、車でASUに向かう。キャンパスがべらぼうに広いうえ、案内も一切なく、どこでWSCGが開催されているのか皆目分からない。キャンパス内をぐるぐると探し回るも、まるきりそれらしき場所が見当たらない。学生さん数人に問うてみても、埒が明かない。窮して、教務課らしきところに飛び込んで聞いてみたが、そんなものは学内では開催されていない、との答え。途方に暮れていると、もっともベテランらしき女史が、インターネット検索で、会場はCrown Plaza San Marcos Golf Resortの舞踏場であることを調べてくれ、そこまでのアクセスを丁寧に、プリントアウトして教えてくれた。会場を突きとめるまで、すでに2時間強ほどのロスだ。
   
 ASUには、6万人以上の学生がいるとのこと。車であちこち動き回ったおかげで、米国のキャンパス事情を色々と知ることができた。乗用カートがすべて建物の駐車場に置かれていて、移動には不可欠の乗り物と見受けた。また学生は、ローラースケートを利用、果ては、はみ乳女子学生が自転車で疾走していて、仰天の連続であった。日本では考えられないキャンパス風景である。この大学はアメリカでも有数の大規模大学で、スポーツ部門で特に有名のようだ。かつてはアニカ・ソレンスタムや、今をときめくロレーナ・オチョアも在籍していたという。
   
 San Marcos Golf Resortは、ASUから南東方向へ約17キロ離れたチャンドラー地区にある。お目当ての「Vision 54」が聴ければいい、と油断したのが運の尽き、またまた真っ直ぐには辿り着けず、夜の部6時からのOpening Socialに間に合うのが精一杯であった。
   
 常設されている懇談場で、まずは学会の雰囲気を味わった。その席で、日本人参加者の方たちと話す機会が持てた。また、宮里藍ちゃんのメンタル面の師であるPia Nilssonさんとも話すことができ、「彼女は今後、まるきりNo problem」というお墨付きの言葉も聞き出せた。
   
 今学会の参加者は、約250名とのことであった。プログラムによると、会場はA、B、Cと3つあり、オーラル発表66題、ポスター発表20題、その他招待講演、基調講演、シンポジウム、ワークショップ、またテーマは「EQIPMENT AND TECHNOLOGY」「THE GOLFER」「THE COURSE」と、ゴルフ全般を網羅した盛り沢山の興味深い演題ばかりであった。PIN社が後援企業として全面的にバックアップしており、参加者全員に大変便利なナップザックを提供してくれた。LPGAも全面バックアップ。後援こそないものの、PGAは、シンポジストに講師を派遣していた。


    
 二日目。身体は一つしかないし、ヒアリング能力は極めてプアであるので、分かりやすそうなテーマのみ聴講し、オーラル発表については、帰国してから資料を調べることに決め、もっぱら器械展示のコーナーでモルモットを務めさせてもらったり、個別に議論を吹っかけたりと、場外戦に徹した。器械展示で興味を引いたのは、ゴルフスウィングの解析をデモしていた3D解析装置と、「Golf Performance Monitor」だった。研究用やレッスン用として、大変な武器になると感じた。また、フォースプレート、呼吸機能、3D解析装置等を同期した、総合解析装置のスウィング研究のサンプルデモをやっていた。身体によろいのような装具をつけて、スウィングすると、正しい重心移動が行われているか否かが、3D動画上で色分けされ、瞬時に判定される「K-VENT」も素晴らしい研究が可能であると実感した。この機器は、先日ビッグサイトで開催された日本ゴルフフェアでも展示されていて、私も自ら装具を身にまとって、モルモット体験をした。それぞれの機器類の説明を聞いたり、スウィングのメカニズムについて、営業マンと話をしてみたりした。営業マンによっては、あまりゴルフに詳しくない者もいた。
   
 夜の部のRawhide Dinnerは、チャンドラーの南西部に位置する、車で30分ほど離れたステーキハウスで行われた。日本からの参加者は私たち夫婦だけだった。最後の積み残しとなった私たちは、Publications CoordinatorのCorky Ketterling氏の車に乗せてもらい、西部劇の町へと向かった。着いた途端に「ローレン!ローレン!ローレン!」のメロディに歓迎され、早速「荒野の決闘」のヘンリー・フォンダ演ずる保安官ワイアット・アープが、酒場の前で長い足を伸ばしているシーンを思い浮かべつつ、映画のロケ地そのものの場内を散策した。残念ながら、いとしのクレメンタインらしき美女は見当たらなかった。オーダーの段階で、サーロイン・ステーキを頼んだら、なんとサーモンが出てきて、図らずも私の発音の拙さを証明することとなった。でもとても美味であった。
   
 そしてRawhide Dinnerで、隣と前の席に座った演者たちとゴルフ四方山話をする機会があった。Richard J. Jagacinskiと自分の名前をメモに書いたアメリカ人は、ポーランド出身の学者だった。もともとは工学部出身で、現在オハイオ州立大学で心理学部門の研究をしているとのことであった。学者タイプの方で、真摯に私とのスウィング論に付き合ってくれた。彼は翌日、スウィングリズムについての発表をした。John McPheeと名乗ったカナダ人は、ウォータールー大学の教授で、「Golf Digest」のTechnical Advisor をしていて、翌日、ゴルフボールとクラブヘッドの衝突の瞬間の研究発表をしていた。大変興味深いインパクト中のボールの変形の推移を見せてもらった。
 二人にゴルフをどのくらいの頻度でプレーしているかを訊いたところ、Psychologistは年数回くらい、Technologistは、シングルクラスで、しょっちゅうプレーしているとの答えが返ってきた。どこぞの国と同じ傾向があると、思わずにんまりしてしまった。後で、ネットで調べてみたら、二人とも大変なゴルフ研究者であることを知り、正直大変びっくりした。
   
 日本人参加者は、8人ほどと極めて少なく、前回のセント・アンドリュースでのWSCG IVの時に比べ、大変淋しかった。3月末という時期の悪さがあるとしても、日本のゴルフ研究者にとって、惜しまれることであった。
 日本からのオーラル発表は2演題で、日本ゴルフ学会員で、現在東工大大学院の野沢むつこさんが、「Kinetic Analysis in Rotational Movement During the Golf Swing」を、日本企業のマルマンの方が「B-matrix Theory to Analyze Putting Dynamics」を発表することとなっていた。どちらも私が現地を離れた27日の発表だったため、残念ながら拝聴できなかった。後者の共同研究者として、九州大学工学部の名誉教授である高橋清先生がご夫婦で会場に見えていた。また発表者はAIUの方であるが、共同研究者として参加していた日本のSRIスポーツの社員の方二人にもお目にかかった。


    
 三日目。午前中は、私が作成した木製のゴルフスウィングの骨格モデルを、興味を持ってくれそうな参加者にプレゼンして、色々とアドバイスを求めた。「The search for the PERFECT SWING」の著者であり、I-IVのWSCGのDirectorを務め、現在は民間のCALLAWAYのコンサルタントをしているAlastairCochran史は、この骨格モデルを「グッドアイディアだ」と言ってくれた。氏にお目にかかるのは、確か2002年に京都で行われたISEAの時を含めて、3回目になる。今回は共通の知人のことも話題となり、しばしお話しさせていただいた。氏は日本に来るたびに、その知人宅に泊まって、日本の名門コースを殆ど回っているとのことだった。いつもながら温厚な人柄で、私如きにも、丁寧に対応してくれた。
   
 午後は、前途の米・カナダの教授の発表を拝聴した。Jagacinski教授の一つ前に発表された「Towards a Biomechanical Understanding of Tempo in the Golf Swing」という発表は、極めて素晴らしいものだった。発表者は、イェール大学の応用物理学教授の肩書きを持つRobert D. Grober氏。アメリカ映画『ジョーズ』に学者役で出ていたリチャード・ドレイファスそっくりの、ひげ面学者である。イラスト、伴奏、ジェスチャー入りで、聞く者に彼のパッションを強烈に植え付けるようにして、ゴルフスウィングにおけるテンポの大切さを訴える様子は、まさに実践研究者の典型を見るようで、深い感銘を受けた。ジェスチャーを見たところ、プロ並みの腕前を持つと見えた。共同研究者は、Jacek Cholewickiというミシガン州立大学の整形外科の教授だった。
   
 午後のひととき、若いスタッフの一人と思われる女性が、Research DirectorのRafer Lutz氏の子供と遊んでいた。ゴルフの素振りをしており、背格好もスウィングも、パティー・シーハンに酷似していたので、思わず「You look like Patty Sheehan」と声をかけてしまった。彼女はHeather Riskといい、アリゾナ州セドナのゴルフスクールのインストラクターで、12年のコーチ指導歴のあるLPGAのプロだそうだ。Special Olympic Golf and Softball Coachという経歴もある、相当なアスリートであった。
   
 Trustのスタッフからは、誠意ある対応を受けた。特にRafer Lutzさんと、その奥方でCongress CoordinatorのLori Lutzさんには大変お世話になった。Loriさんには、英語の不得手な私の代わりに、フライト変更や、船便・DHLで送る手配など、事あるごとに面倒を見てくれた。Raferさんは、ホテルのコピー機が故障して私が困っていると、何とかするからと、原稿を一晩預かってくれ、翌日、ちゃんと20部ほどのコピーを届けてくれた。彼は、シンポジウムの座長をはじめ、自身で発表したり、協同演者として名を連ねたりと、八面六臂の大活躍であった。
   
 器械展示場には、WSCG関連グッズや演者らの出版物・DVDなどを販売していた。記念にする意味と資料集めの目的で、いくつか買い求めた。「In my zone」という、唾液と尿のpHを修正して、いわゆるZoneに入る効力がある製品(カード2枚とラベルとスプレーのセットで約200ドル)も購入したが、第20回日本ゴルフ学会熊本大会で、シースカイ社が紹介したパワーブレスレットの類似製品のように感じた。
   
 大変に、慌ただしい短期出張ではあったが、極めて収穫の多い学会参加であった。次回大会はぜひとも、ライダーカップを含めて、ゆったりと参加したいものと考えている。JSGSから多数の同行者があって、さらに楽しい旅になることを今から期待したい。
   
   
 最後に、本学会に参加して感じたことを何点か。
   
 人間のパフォーマンスの研究は、トータルな捉え方をする必要があり、総合的見地によりアプローチすることが大切であると痛感した。個別の研究をする際にも常に全体の中での位置づけを確認しながら推し進めないと、折角の研究が何の意味のないものとなりかねない。総合研究も、表面的なものにしないためには、個別研究の精密さも追及していかねばならない。欲張りのようでも、これからの研究は、是非ともかくあるべきと感じる。
   
 また、欧米、特に米国の研究者の姿勢として、良いものは何でも取り入れるという傾向が強いように思った。本学会でも、東洋のヨガ、禅、曼荼羅などが発表の中で扱われていた。ヨガと禅は、タイガーやニクラウスらも関心を持っているとのこと。また心理学的発表が多いように感じた。
   
 欧米のゴルファーは、理屈に対して、極めて真摯であり、合理性を求める。それに反し、日本人ゴルファーは概して、ゴルフの理屈に対してアレルギーがあり、「アマのくせに、そりゃ考えすぎだよ」となるのがオチである。この傾向は、年齢に比例して強い傾向がある。身近な問題として、私がちょっとスウィングの理屈について話題を持ちかけると、その反応に、年配者と若い人たちとの間で、歴然とした違いがある。ゴルフに取り組む姿勢にプロもアマもない。日本ゴルフ学会発展のネックは、この辺にあるような気がする。学会員メンバーを増やす手立てとして、タージェットを考慮する必要を感じる。
   
 20代30代の若い層のメンバーが、少しずつでも増えることを期待して、このレポートを終わる。